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横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)1263号 判決 1968年8月01日

原告

石川鶴夫

ほか一名

被告

中村忠男

主文

被告は原告両名に対し、それぞれ金七二〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年一〇月一七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告両名において各金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、第一項に限りそれぞれ仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは原告両名に対し、それぞれ金七五〇、〇〇〇円および昭和四一年一〇月一七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、訴外滝田正勝(滝田という)は、昭和三八年一〇月一〇日午後五時四〇分頃大型貨物自動車(番号一む二六三九加害車という)を運転し、横浜市西区高島通一丁目一番地先の交差点軌道敷内で、高島交差点方面から横浜駅方面に向つて右折のため一旦停止し、平沼町一丁目交差点方面から進行して来る車両の有無などを確かめた。

その際、滝田は、訴外石川正之(正之という)が原動機付自転車(被害車という)を運転し、滝田の停止した地点から約三八米を距てた高島橋の橋上を進行して来るのを認めた。

平沼町一丁目交差点方面から高島町交差点に至る道路は、高島橋が一段と高くなつているため、滝田の停止地点からは、高島橋から先の路面を見ることができないのである。正之が高島橋の中央部にまだ達していなかつたので、滝田は被告車の上半部を認めたに止り、その全部を認めたわけではなかつた。従つて、滝田は被害車の速度を確認したわけではない。

被害車の僅か三八米前方で、加害車が右折を開始すると、加害車の車長が長く、正之の進路を閉鎖し、正之が到達する前に右折を完了することができない状況であつた。

かような場合、自動車運転者である滝田は、正之の通過を待つて右折を開始し、もつて危険の発生を未然に防止する業務上の注意義務がある。しかるに滝田は、漫然右折を開始し、被害車に加害車の左側を接触させ、正之に右下肢挫滅創右下腿大腿骨々折等の傷害を与え、同年一一月一九日死亡させた。

二、被告は、加害車を所有し、その雇人である滝田をしてこれを運転させ、これを自己の業務のため、運行の用に供していた者である。

三、よつて、被告は自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条により次に述べる損害を賠償しなければならない。

(一)  正之の得べかりし利益の喪失による損害

正之は、本件交通事故当時訴外東芝家庭電器月販株式会社に販売員として雇われ、給与として一ケ月金二四、〇〇〇円の収入を得ていた。そして正之は、昭和一一年三月一一日生であるから、前記死亡時の年令は二七年八月であり、少くともなお二七年四月(三二八月)間就労し、前記給与額の収入を得ることが可能であつた。他方、この収入に対する公課等を一五パーセントを見積ると、その額は一ケ月金三、六〇〇円である。又正之は、死亡当時独身であつたが、独身成年者の生活費は一ケ月金九、〇〇〇円を以て相当とする。よつて、正之の純収入の月額は、前記給与額から前記公課等及び生活費を控除した残額金一一、四〇〇円である。

右純収入月額を基とし、前記就労可能である三二八月間に得べかりし純収入の現在価格を、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、その額は金二、三五三、七四七円となる。

原告らは、正之の父母として、正之の右損害賠償請求権を各二分の一、すなわち金一、一七六、八七三円五〇銭宛相続した。

(二)  原告らの慰藉料

正之は原告らの三男で、同居して円満に暮していたのであるが、本件交通事故によつて正之を喪い甚大な精神的苦痛を受けた。

これを慰藉するためには各原告について金一、〇〇〇、〇〇〇円の慰藉料が相当である。

四、原告らは、昭和三九年四月一一日各金二五〇、〇〇〇円宛自動車損害賠償金を受取つたので、各前項(一)の損害の一部に充当した。

五、被告は原告らに対し、第三項(一)の金額から前項の金額を控除した残金九二六、八七三円五〇銭と第旨二項(二)の金額を合計した金一、九二六、八七三円五〇銭宛を支払うべきであるが、各その内金七五〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年一〇月一七日より完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだものである、

と陳述した。

〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告ら主張の請求原因事実中、第二項の事実及び第四項の事実中原告らの受領した金額のみを認め、その余の事実はすべて争う旨陳述した。

〔証拠関係略〕

理由

一、〔証拠略〕によると、滝田は、昭和三八年一〇月一〇日午後五時四〇分頃、加害車に肥料の原料を六トン位積んでこれを運転し、横浜市西区高島通一丁目一番地先の交差点軌道敷内で、高島交差点方面から横浜駅方面に向つて右折のため一旦停止し、平沼町一丁目交差点方面から進行してくる車両の有無などを確かめたところ、正之の運転する被害車が約三七米を距てて、こちらに向つて進行して来るのを認めた。

滝田は、高島橋の中央が高くなつているため、中央より平沼一丁目交差点方面の見透しがきかず、被害車が中央部に達していなかつたので被害車の上半部を認めたに止り、その速度を確認できない状態であつた。そのうえ、加害車は車長が長く、右折をはじめると、被害車が到達する前に右折を完了することが困難であつた。

滝田は、前記状況において、加害車が右折を開始するも被害車が到達する前にはこれを完了することができ何等危険はないものと速断し、時速約八粁で右折を開始したところ、加害車の左側後部車輪の少し後方に被害車を接触させ、正之に右下肢挫滅創、右下腿大腿骨々折等の傷害を与え同年一一月一九日死亡させたことが認められる。右認定に反する甲第五号証の石川正之の供述記載部分は採用しない。しかして、右認定事実によると、滝田は、自動車の運転業務に従事する者として、かかる状況の下においては、警音器を鳴らして正之に注意を促すか、或は被害車の通過を待つて右折を開始するなどして、危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然右折を開始したのであるから、滝田に自動車運転上の過失があることは明らかである。

二、しかして、被告が加害車を所有し、その雇人である滝田をしてこれを運転させ、自己の業務のため、運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被告は自賠法第三条により原告らの受けた損害を賠償しなければならない。

三、まず、正之の得べかりし利益の喪失による損害について考えてみる。

〔証拠略〕によると、正之は昭和一一年三月一一日に出生したことが認められるから、前記死亡時の年令が二七年八ケ月であつたこと計数上明らかである。そして、二七年八ケ月の年令の者の就労可能年数が、少くとも二七年四月(三二八月)を超えることは、公知の事実である。〔証拠略〕によると、正之の一ケ月分の給与による収入が金二四、〇〇〇円以上であつたことが認められる。そして正之が死亡当時独身であつたので、右収入に対する公課等を一五パーセントの金三、六〇〇円、生活費を金九、〇〇〇円と見積ることは相当であるから、これらを右収入から控除すると、一ケ月の純収入は金一一、四〇〇円となる。

しかして、右純収入月額を基として、就労可能の三二八月の間に、得べかりし純収入の現在価格を、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、その額は金二、三五三、七二七円となる。

そこで正之の過失について検討するに、〔証拠略〕によると、正之は時速二五粁位の速度で進行し、加害車の右折に気づいたのちも、加害車が徐行して、直進車である自分を通してくれるものと軽信し、そのままの速度で進行したことが認められる。しかしながら、前記認定のとおり、滝田はすでに本件交差点軌道敷内で一旦停止し、被害車を約三七米前方に認めているので、加害車は道路交通法第三七条第二項にいわゆる「既に右折している車両」に該当し、被害車に優先するものといわなければならない。よつて、正之には、被害車が優先するものと誤信し、そのまま速度をおとさず直進した点に過失が認められる。しかして、正之のこれが過失を斟酌すると、被告の賠償すべき損害額は金九四〇、〇〇〇円をもつて、相当と認める。

〔証拠略〕により、原告らは正之の父母として右損害賠償請求権を各二分の一相続したことが認められるから、各金四七〇、〇〇〇円宛相続したことになる。

四、つぎに原告らの慰藉料請求について判断する。

〔証拠略〕によると、正之は原告らの四男で、昭和三三年三月明治大学政経学部経済科を卒業し東芝家庭電器月販横浜出張所に勤務していたこと、生来健康で、両親に対しては親孝行をしていたこと、本件事故による受傷後死亡まで傷の痛みに随分苦しんだことが認められ、これらの点に事故発生の状況その他諸般の事情を斟酌すると、原告らに対する慰藉料は各金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

五、原告らが、昭和三九年四月一一日各金二五〇、〇〇〇円宛保険金の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを原告らの得べかりし利益の喪失による損害に充当すると、残額は各金二二〇、〇〇〇円となりこれに右慰藉料金五〇〇、〇〇〇円を加えるとその合計は金七二〇、〇〇〇円となる。

六、以上の次第であるから、被告は原告らに対しそれぞれ金七二〇、〇〇〇円と、右各金員に対する損害発生の後である昭和四一年一〇月一七日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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